
買取担当より
買取依頼の経緯
梅雨入りの夕方にいただいたお電話は、ご遺族からのお問合せでした。
亡き父の書斎が2階にそのまま残り、中井英夫や澁澤龍彦など幻想文学や探偵小説が壁一面に並んでいるという。
思い出深い蔵書を丁寧に整理していただきたいとお電話で仰っておられました。
その気持ちに応えるべく、日程を調整し堺市のご自宅へお伺いいたしました。
作業当日
ご挨拶を済ませ、書斎にお邪魔させていただきます。
まず窓を少し開けて湿気を逃がし、査定を開始させていただきました。
タイトルと状態をチェックし、埃を払うたび、長年読み込まれた文字の手触りが蘇る。
買取金額をお伝えすると、ご了承いただきましたので、梱包作業をさせていただきます。
午後には45箱分の梱包が終わり、床板の木目が顔を出したころ、ご遺族から「父も喜んでいるはず」と温かい言葉をいただいた。
買取の一部をご紹介【中井英夫コレクション】
『幻戯』(南柯書局)
手製本を思わせる風合いと遊び紙の美しさ。
活字に微かな揺らぎが残り、詩の実験精神を装丁が支えている。
『蒼白者の行進』(筑摩書房)
植物の版画を中心に据えた静かな函が印象的。
不条理と幻想が交差する物語世界を、淡いセピア色が引き立てる。
『虚無への供物』(講談社)
黒地に赤い薔薇が浮かぶ装丁は、重厚さと耽美を同時に演出。
惹句「問題の推理巨編」が帯に映え、装丁そのものが作品世界への扉となる。
『小説 星の不在』(神戸南柯書局)
コットン布装の柔らかな手触りと深い葡萄色のラベルが醸す静謐。
行間に広い余白が配され、読者を静かな内省へ導く装い。
あらためて感じたこと
遺品整理の現場で本と向き合うと、紙片は単なる物質ではなく、故人が息づかせた時間そのものだと痛感する。
新しい読者へ手渡されて初めて息を吹き返す。
ご依頼者の想いと作品の魂を未来へ繋ぐ、それが古書店の役割である。
大切な本が次の読者へ旅立つまで、心を込めてお手伝いいたします。